蠍の毒針(shaula)

文芸誌・蠍の毒針 にまつわるあれこれを綴ります。

PayPayお兄さんとブラックコーヒー ──同人サークルがPayPay加盟店になる方法

 きっとここに辿りついた人のだいたいが、御託はいいからさっさと方法を教えてくれと思っていることだろう。お望みのとおりにしたいのはやまやまだが、記念すべき初記事にしてはなんだか寂しい。かといって小説に仕立てて読んでもらおうなどという周りくどいことは求められていない。ではどうしようか。とりあえず、雑なあらすじと詳しい顛末を両方書いておく。好きな方を読んでほしい。

 

忙しい人のためのあらすじ

 なんの資格も申請も会社もないただの一般人が、加盟店申請を出した。すると、実店舗の情報やら商品の詳細やらを求めるメールが来た。これはきっとどこかで何かを間違えたぞ。どうしたらよいのやらと唸っているところに、またメールが来た。

「営業担当として審査のサポートをします」

 半信半疑のまま今日、近所のカフェで営業のお兄さんに会った。お兄さんはタブレットをぽちぽちして、身分証を確認して、コーヒーが温かいうちに申請を終わらせてしまった。しかも、お店に置くようなPayPay使えますマークのセットもその場で渡してくれた。展開が早すぎる。こうして、お兄さんの前でコーヒーを飲んでいるだけで加盟店になることができた。ありがとうお兄さん。

 つまりどうすればいいのか、というと、お兄さんにお願いすればいいのだ。

 そういうわけで、わたしからお兄さんへ、ぜひともあなたを紹介させてほしい。お互いちょっと得する紹介キャンペーンがある。win-winってやつだ。この記事にコメントをくれてもいいし、ツイッターにDMやリプを送ってもらうのも大歓迎! 遠慮なく連絡していただけると嬉しい。

 

紆余曲折の内訳

  11月22日、蠍の毒針は初めてのアンソロジーと短篇集を引っ提げて第31回文学フリマに出店することにした。こんなご時世だから、参加サークルにもある程度の感染対策が求められる。消毒液とか、カルトンとか、できることをできる範囲で考えた。考えて、ふと思い至ったのがスマホ決済だった。知名度や普及率なんかを考えてひとまずPayPayをやってみることにした。

 はじめは個人間送金の機能を使えないかと思っていたが、調べているうちにいくつか懸念が出てきた。クレジットカードからの送金はできないこと。互いに本人確認を済ませていないと出金できないこと。そもそも即売会で個人間送金を堂々と使ってもいいのかどうか。

 ──もういっそのこと加盟店申請したほうが早いのでは?

 やってみるだけやってみよう。個人事業主ということにして、業種はなんとなく小売・書店を選ぶ。販売形態は移動販売……でいいのか? 自信がない。いや多分間違っている気がする。そう思ったけれど、申請ボタンを押してしまった。なんとかなる気がしていた。

 翌日、審査担当の方からメールが届いた。店舗情報が確認できる書類、販売形態や取扱商品の画像が必要だという。困ったことに、そんな書類はない。設営完了!のスペースの写真しかない。どうしたものか。とりあえずわけを話してスペースの写真を貼って返信しようか、と思って、返信する前に寝落ちした。

 

PayPayお兄さん

 また翌日。目が覚めてみると、PayPayからまたメールが来ている。

「営業担当として審査可決までサポートできないかと思いご連絡いたしました」

 怪しい。

 ありがたい話だ。でも、待てよ。そんなことがあるのか?

 しかし、署名を見る限りでは間違いなくPayPayの会社の営業さんだ。騙るにしてもタイミングが良すぎるし、把握している審査状況も合っている。この突如現れた営業の男性──PayPayお兄さんに頼ってみるか。

 半信半疑で返事を書いた。この際ちゃんとわけを話しておこうと思って、本を作っていること、即売会でPayPayを使いたいことを打ち明けた。すると、

「実際に会って手続きしたいのですが、ご都合の良い日はありますか?」

 いや怪しい。

 展開の早さについていけない。これ、マルチの勧誘とかじゃないよね? 半信半疑どころか三信七疑ぐらいの警戒心を発動して、それでも三割の純粋な心をもって返信をした。話はとんとん進み、ついに今日、PayPayお兄さん──若い方だと決まったわけではない──と会う日がやってきた。

 

ブラックコーヒーの湯気

 風が冷たい日だった。戦闘態勢・リクルートスーツでは寒かった。コートは膝下のストッキング一枚になった脚を守ってはくれない。急いでいけばあったかいかと思ったのだが、寒いものは寒い。

 待ち合わせ場所には、先にPayPayお兄さんが立っていた。ここで初めて彼がお兄さんであると確信する。わたしからすればもちろん年上だが、少なくともPayPayおじさんではなかった。いや、そんなことはどうでもいい。とにかく、ジャケットを着た爽やかな男性だったのだ。丁寧に名刺をくださって、半信半疑は六信ぐらいになった。ちょろい? そうかもしれない。

 近くの喫茶店に入って席をとる。「コーヒーで良いですか?」とPayPayお兄さん。わたわたしながら頷くと「買ってきます!」を残して彼は行ってしまった。

 ホットコーヒーが二つ。それと、コーヒーフレッシュ、シュガー、マドラーがひとつずつ。お兄さんが持ってきたトレイに、それらはきちんと並んでいた。カップからは湯気がのぼっていて、猫舌のわたしには多分まだ熱い。

 お兄さんはコーヒーには口をつけずにタブレットを取り出した。何やら真剣に操作している。わたしはコーヒーをひと口、そうっと飲んでみた。熱い。大人しく待つことにする。

 しばらくして、身分証はお持ちですか、と聞かれた。わたしはマイナンバーカードを出した。お兄さんは確認しながらタブレットに入力をしている。ひたすら待つのみだった。お兄さんはやはり真剣な顔をしている。左手首の黒いG-SHOCKが忙しなく揺られている。少しは冷めただろうかとコーヒーカップを持ってみたが、まだ熱そうな温度だった。

 「終わりました!」とお兄さんが顔を上げた。早い。わたしがのんきにコーヒーを観察している間に、お兄さんは申請手続きを済ませてしまったらしい。さすがはPayPayお兄さんだ。難しいことなど何ひとつなかった。おふとんで謎設定の個人事業主を生み出して登録に苦戦していた時間が嘘のようだ。まだコーヒーは温かい。ありがとうPayPayお兄さん! 一通りの使い方を教わって、わたしは晴れてPayPay加盟店となることができた。

 

そういえばコーヒーフレッシュもシュガーも入れ忘れていた

 コーヒーを飲みきるまでの間、お兄さんは雑談に付き合ってくれた。これまでの勉強のこと、今の仕事のこと、そしてこれから先のこと。わたしが本作りを始めたことも、そのために加盟店申請したことも、お兄さんはすごいねと言ってくれた。渦中にいるとわからないものだが、本を作る人間というのはなかなか珍しいみたいだ。だが好きなことが仕事に繋がるのか、はたまた本物の個人事業主として身を立てていくことができるようになるのか、まだわからない。保証もない。なんせ駆け出したばかりだ。もしも仕事にならなくても、好きなことだからずっと続けていくだろう。PayPayお兄さんには、好きなことをしたいわたしの背中を押してもらったような心地がする。なんだかわくわくしてきた。

 とりあえず、まずは次の文フリだ。せっかくお兄さんにやってもらったのだ、PayPay払いで新刊を買ってもらえる日を楽しみにしている。